「誰にも約束されていない経済」を追いかけることをやめる

新型コロナの再流行、Go toキャンペーン、安倍首相の辞任などなど、国内だけでも「ざわつき」が目立った夏。猛烈な暑さも助けて、私たちの暮らしにさらなる不安を植え付けた8月となりました。

9月も半ばですが、改めてそんなひと月を振り返っていました。

手帳を見返し、自分のブログを読み返し、フォローしている人々の情報を振り返り、世の中のニュースを思い出してみて気付くことは、「暮らしと政治の乖離」です。コロナのおかげではっきりとそれがあぶり出されています。
私たちの暮らしと、それを作るはずの政治がリンクしていることが感じられない。
国会で起こっている数々の不思議な出来事も、どこか他人事です。

この状況下でも続く満員電車
この状況下でも始まったGo toキャンペーン
この状況下でも決めた安倍首相の辞任

何を見ても聞いても、暮らしではなく、経済を優先していることだけは良く分かります。
そしてその経済がほんとうに大変なことになっていて、だからこそ最優先にしていることを理解しています。
経済が守られなければ私たちの暮らしが壊れるよ、と言われれば、その通りとしか答えようがなくて、だから誰もが疑問を持ちながらも自分や家族、会社の経済を守ることを、この状況下でも必死で続ける。
…なんだか、そのことを痛感したなぁ、という感じの8月だったような気がします。

 

これって、やっぱり「政治は暮らしを守っていない」のだと思うのです。
それはイコール「誰にも経済は約束されていない」ということでもあると思う。
だから、お金持ちも自分の経済を必死で守っている。大企業が巨額の内部留保をため込んでいても、人々のためにそれを使うことが無いのは、「政治が暮らしを守っていない」から、ではないでしょうか。

暮らしを守る政治にすることは不可能なのでしょうか。
必要なものを必要な量だけつくり、皆で循環させることは本当に不可能なのでしょうか。
経済優先をやめて、暮らし優先になったら、一個しかない地球をどう使うかを考えるというだけのことになるはずだと、シンプルにそう思います。

 

辞任を決めてから安倍首相の支持率が上がる。
今までの取り組みを止めないために菅さんが首相になる。
「経済を守ることは暮らしを守ることだ」という正義があることは否定しない。
でもそれは持続可能ではないという事実を直視して、過去と切り離して未来を考えたい

自分と未来を生きる子ども達のために、「誰にも約束されていない経済」を追いかけるのをやめることについて、具体的に考えていきたいと感じています。

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